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「ビジネス思考実験」 根来龍之著 日経BP社
著者は、物理学にしろ哲学にしろ、問題の本質に迫るには「思考実験が欠かせない」という。そして、同様に、「ビジネスにも思考実験が欠かせ」ない。
著者によれば、ここでの思考実験は、「理論を突き詰めて考えながら、現実を見ること」と定義される。
物理法則の深遠な真理を表現する方程式も、それを実際の物理現象に適用するには、その現象をモデル化し、方程式にあてはめ、その方程式を解く努力をしなければならない。
経営学の法則を実際のビジネスに適用するには、その前提と限界を知ることが重要だと本書全体を通して著者は述べる。
著者は、経営学の前提と限界についての解説を含んだ100の命題として、思考実験の手がかりになるポイントを解説する。
説明の中では、ビジネスでの法則を表す理論とそれを解くための道具であるフレームワークを区別する。
命題の解説は、経営学を実際のビジネスに適用するために必要な基本的な心構えから始まる。
例えば、命題8「理論と持論が相互作用する世界に入り込む」では、理論と持論の対立的とらえ方ではなく、「実務家にとって必要な「答え」は、「自分にとっての正解」であれば十分」であり、経営学の研究者が行う「理論構築」とは異なることを述べ、読者を安心させる。
「あらゆる理論は過小であり過剰である」という前提を理解した上で、その限界を意識して理論は使いましょうということが、一貫して述べられている。
次に、経営学の論理が本質的に前提とする曖昧さ(私がそう感じる)の起源を表す命題の解説が続く。
命題14「任意の2つのことを「同じ」とも「違う」とも言うことができる」、命題21「因果関係の分析には恣意性がある」など、なんて曖昧なんだ!と腹を立ててしまいそうな経営学の避けがたい本質を丁寧に説明してくれる。
また、行為の説明では、命題30「行為は必ず「意図せざる結果」を伴う」という実務家を実際に悩ませる命題や、命題31「選択は究極的には「わかったふり」でするしかない」という実務家を慰めるような命題もある。
もちろん「意図せざる結果」の分析や命題33「理論通りにならなかったことの認識が意思決定に役立つ」など、投げやりにはしないのである。
「思考実験の手がかり」のパートでは、命題37「経験が蓄積されると単位当たりコストが下がる(経験の経済)」が、生産数量が問題となる規模の経済の効果ではない、経験の経済であることが述べられ、この考え方は、実務の意思決定にも適用できるなあとありがたく思い、ポーターのファイブフォース理論が業界分析であることを改めて知ると同時に、一企業に適用するような「根本的な間違いを犯しても、その分析に何か意味を感じてしまう」というあたりが、間違った地図を持っても生還してしまうハンガリー軍の逸話が表すように、経営の意思決定とも通ずる面があり面白いと感じた。
パート3の「ビジネスモデルのプロトタイピング」では、実際にビジネスモデルを構築する方法に関する命題が挙げられているが、このパートの内容を詳しく述べるには、紙面が足りない感じがする。それでも命題83「市場ではなく顧客を分類する」などの命題は、実務への適用を考える際にたいへん示唆に富むアドバイスであるし、命題90「自己強化のためには「ループ」をつくる必要がある」という命題の解説で述べられている「ベゾスの紙ナプキン」の気になる点、「どうやってループ構造に入っていくか」という疑問に対する解答は、実際に知りたい点であるし、その後に続く命題を、実現可能な小さなループを回していくのがいいんじゃないか、という自分の考えを支持する(と勝手に自分で思っている)内容であると理解して、ありがたい応援と受けとめた。
いずれにせよ、この100命題を使えるように身に着けるには、著者が言うように、「自分の状況を踏まえて、自分の頭で深く考える」という作業が必要であり、一回読んだだけで本当のありがたみが分かるような本ではない。他にもいろいろ勉強して、また読み返したときに、ああ、この命題はこういうことを言っていたんだなあ、と気づいて初めて、命題形式にしたありがたみも感じることができるようになるのだろう。